外見クリエイターが考える、「おしゃれ」の方向性とは??

どうも。
外見クリエイターのMr.Tです。

 

今回はメンズファッションで目指すべき方向性を考えていきましょう。

前回の記事で、おしゃれとは何かについて書きました。

おしゃれとは何だ??

 

簡単に言うと、

おしゃれとはイメージである。

ってことなんです。

 

「おしゃれ」は、その人の持っている経験や知識の範疇でしか考えられません。

全く知識の無い分野、初めて見るものに対しても、今持っているあなたの常識のなかでしか
考えられないということです。

 

あまりにも自分の持っている常識とかけ離れた格好を見たら、

「今見た?あの服?ヤバくね??頭にソフトクリーム乗っかってたよ」

という判断を下しかねないということです。

 

たとえ100年後の未来の世界で、ボトムスをブラウン、トップスを白にして、髪の毛をソフトクリームのように天高くトルネードさせる巻きグソスタイルが大流行していたとしてもです。

 

「今」あなたが持っている情報のなかからでしか、「おしゃれ」という判断は下せないのです。

 

これは前述したように持っている知識で決まりますから、言ってしまえば知識の差で「おしゃれ」の価値観は変わってくるのです。

 

だから、100年先の未来人と現代人のような、持っている常識にはるかに隔たりのある次元のなかだけの話では無くて、現代人同士という近い常識を共有していても「おしゃれ」の価値観は変わります。

 

ファッションに興味が無い人たちと、ファッションを自分の職業としている人たちでは、持っている知識に雲泥の差がありますよね??

ファッションが好きで、アパレルの販売員として働いている人は、洋服に対して深い知識を持っています。

知識が増えてくると、今まで見えなかったものが見えてくるようになるのです。

縫製が丁寧で、ここにこんな技術が使われているとか。
このトップスとボトムスの組み合わせは、過去のコレクションをルーツにしているとか。

知識を蓄積していくと、絶対に見えないものが見えるようになってくる。

見てる視点が変わる。

 

これは、ファッションだけに言えることじゃなくて、何にでも言えることだと思います。

 

仕事でもそう。

新人の頃は、がむしゃらに目の前のことをやるのが精一杯だったのが、失敗して経験を積んでいくと、だんだん余裕が出来てくる。
すると、見えないものが見えてくる。あのときがむしゃらにやってたものにはこういう意味があったんだって。

で、それが分かると同じ事に取り組むことになったときも、行動が変わる。
やっていたことの意味が分かるから。

 

スポーツもそう。

バスケでもサッカーでもいいんですが、「そこにとどまってるんじゃなくて、抜けろ!」と言われて、闇雲に動いていたのが、だんだんとなぜ抜けるのかが分かってくる。

自分が抜けることでスペースを空けて、そこに誰かが入ってこれるようにする。
自分がずっとそこでとどまっていると、停滞しやすくなって敵も次の動きが読みやすくなってしまうってことが分かってくる。

 

こんな風に、経験や知識を通して、理解が深まってくると本質が見えてきて見える世界が変わってきますよね。

 

「差」が生まれるんです。

 

だから、個人個人で「おしゃれ」と感じる服装には、微妙に違いがあるのです。

ズバッと「この服装がおしゃれ!」とは、一義的に決められないものなのです。

 

で、しかもファッションは「その違い」が多様性に富んでいます。

 

なぜなら、例に挙げた仕事やスポーツなどと違い、向かう方向性がいくつもあるからです。

 

例えば仕事だったら、

「売り上げをより多く上げる」
「仕事が丁寧で早い」

 

例えばスポーツだったら、

「ボールの扱いがうまい」
「点が取れる」

 

というある程度明確な指標があります。

 

でも、ファッションは違います。
方向性がバラバラ。

 

ある人は、

スーツをメインとしたドレススタイルを好んだり、
デニムにデニムジャケットみたいな「THE アメカジ」スタイルを好んだり、
フランスの品が良いフレンチスタイルを好んだり、
イタリアの色気のある伊達男スタイルを好んだり・・・・

と実に志向出来る方向性が様々です。

 

仕事やスポーツで言う「成果」みたいなものがなく、曖昧に感じられるのです。

だからこそ、ファッションは自由である、と言えるのでしょうね。

 

おしゃれはイメージであるし、そのイメージは多様性に富んでいる。

だからこそ、ファッションは曖昧で掴みづらいものなのです。

 

じゃあ、どうすればいいのでしょう??

 

確かに「おしゃれ」の感じ方は人によって違います。

 

でも、全く違うかと言えばそうではありません

 

これがアフリカの山奥の部族だったら、さすがに共有する価値観が違い過ぎてお手上げですが、日本はテクノロジーが発展した近代的な国です。

情報は十分すぎるほどに行き交い、情報格差は無くなってきています。

みんな日本的な常識を、同じような価値観を、共有しています。

 

いくら価値観が違うと言っても、結局その中での話なのです。

アフリカの民族に比べれば、日本人同士での知識の違いはかわいいものです。

 

だから、
自分の嗜好と離れた格好をしてても、きちんと説得力のある形で外見を整えていけば、かっこいいと思われることは可能です。

また、人間はかっこいいと感じる認識のパターンも、本能的に備わっていると私は考えています。

(その例が、人間は顔の平均値が最も美しく見えると言うアレです。左右対称均等ですね。均整がとれている顔のことですね。)

 

これらのことをふまえて、あなたが目指すべき方向性は、自分に似合うファッションや外見に整えていくことです。

もっと具体的に言えば、

弱みを隠し、強みを生かす「おしゃれ」を目指す

ということです。

 

誰でもない、あなたという素材を生かす。

 

これが非常に重要。

 

洋服は飾っておくものではありません。

自分という唯一無二の素材に着せるものです。

 

そういった意味ではファッションは特殊です。

もっとも組み合わせの「センス」が要求されるものと言ってもいいかもしれません。

 

人間という、有機的で非常に情報量が詰まっている素材を使って自分を表現するのですから。

それと比べれば、インテリアのコーディネートは無機的で例外も少なく、やりやすいのではないかなとも思っています。

 

だからファッションは、洋服の組み合わせる力があってもダメなのです。

自分を折り込んで考えないと。

 

自分を折り込んで考えるという視点が抜け落ちたとき、洋服に気を配っていてもかっこよく見えないというのは、十分すぎるほどあり得る話です。

 

テンプレ的なファッション指南ではそこまでカバーできません。

 

自分を知ると言うのが、唯一の手段なのです。

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