完璧な理論なんてない。矛盾を自分なりに飲み込めるかどうか。

 

 何か学びたい、習得したいと思ったとき。

矛盾を飲み込むことを前提にしておくべき。
なぜなら、完璧な理論なんてないから。

 

 

前もどっかで『完璧な理論なんてない』的な話をしました。

もしそんなパーフェクトな理論があるなら、みーんなカタブツ人間で万事OKってことになるじゃないですか。

だってパーフェクトな理論ってことは、その通りにしておけば何でもうまくいくってことでしょ??
完璧なマニュアルってことでしょ??

 

『いらっしゃいませ~ありがとうございました』
まで、教科書通りに事を運べば、商品やサービスが売れるってことはないわけで。

いかに非の打ちどころのない(ように見える)理論でも絶対にその通りにはなりません。

人間は感情を持つ生き物ですからね。

 

常に人は、理性と感情の間をさまよっています。
太陽のギラギラ燃える南の島と、雪がさんさんと降り積もる北国の間を往復してるのが人間の頭です。

もちろん、「南の島が好き♡」「北国が好きじゃ」みたいな個人差はあるでしょう。
感情強め、理性強めはあります。

でも、どんな人間でも両方持っています。

常に頭の中でそろばんをはじいているような合理的人間でも、感情に流されてそろばんを投げ捨てる瞬間はあります。
どんなにすぐかっとなってしまうような感情的な人間でも、頭の中ではそろばんをはじくことはあります。

 

人は、『矛盾からは逃れられない』のです。

 

だから、矛盾を飲み込めるかどうかが重要です。

 

融通の利かない人より、柔軟な人です。
臨機応変に対応できる人です。

 

物事上達の心構え、『守破離』もこの柔軟さを手に入れるためなんじゃないかと私は思います。

何か始めたときって、動きがカクカクしてないですか??
特にスポーツとか。

自分の体を思い通りに動かせなくて。

こうやるんだよって教えてもらっても、身の覚えのない動きすぎてぎこちなくなってしまう。
でもだんだん繰り返し練習しているうちに、ちょっとずつヌルヌル動くようになってくる。

ひとつの型を習得したら、それをあえて捨ててみる。
型に囚われずやってみる。
四苦八苦する。

そうして。
この場合はこうしたほうがいい。
あの場合はああしたほうがいい。

みたいな自分なりの体の動かした方を習得する。

 

これって、矛盾を自分なりに飲み込んだ状態だと思うんです。
基本に従うだけじゃ対応出来ないことが、対応できるようになる。

応用できるようになる。

 

前の記事で、『感覚でゴリゴリやるのが良い』って書いたのはこういうことです。

ちょっとずつコツを吸収することで、感覚をベースに習得していけるから。
論理を妄信しすぎてしまいがちな人は特に。(ハイ。私です。笑)

あなたに書いているようで、自分への戒めですね。
この記事は。笑

どうしても、知識・思考・理論が先行してしまいがちなんですよ。私。
『まずやってみる』っていう初動と継続してやり続けるっていう継動(造語です)が足りないですから。

 

 

PS

ファッションを言語化する立場としては、
出来るだけそこも織り込み済みでやっていきたいなぁとは思うんですけどね。

めっちゃ応用範囲の広い理論みたいな。
うーん理論とはちょっと違うのかな。