なぜおしゃれを言語化する必要があるのか??

効率よく知識を蓄えるためです。
そして、圧倒的なスピードでおしゃれになるためです。
そしてそして、ついでにセンスや思考力を身につけるためです。

 

あなたは見た目も考え方も変わります。
洋服の本質的な組み合わせ方が分かるし、物事を新しくとらえる視点も身につくからです。

 

 

 

でも、そのためにはおしゃれにおける曖昧さをしっかり言葉で理解する必要があります。
「合う!」などの感覚的な表現は実際には何を意味しているのかあなたの頭で理解する必要があります。

 

 

雑誌やアパレル店員さんはふわふわした曖昧な表現を繰り返しますよね。または、感覚的な言葉で煙に巻かれてしまいます。

「このボトムにTシャツ合いますよ!」
「~の組み合わせは今っぽく着こなせる。」
「キャップでデイリー感をプラス!」

何で合うのか?
今っぽいって?デイリー感??

 

などなど、なぜそういう印象になるのか具体的に説明されません。

だから、感覚的な言葉を自分の体にじわじわ染み込ませ、自分の手足のように自在に使いこなせるようになるまでとても時間がかかります。

雑誌や店員さんが使っている言葉はどういう意味なのかが分からないと、当然ですがステップバイステップで考えることが出来ません。

 

こんな感じかなぁ、こんなイメージかなぁという雲のようにつかみどころのない感覚だけがあなたの中に蓄積されていくだけです。モヤモヤをストックしたところで腹の足しにはなりません。

だから、言語化するのです。

 

そうすれば、ひとつひとつがしっかりつかめるようになるのです。空気のようなぼや~っとした感覚じゃなく、はっきり自分の頭で理解できるようになります。

 

ファッションにおける言語化はもはや衝撃です。
ズドン!!と腹の底に響きます。

 

感性の領域にメスを入れ、丁寧に言語化していく。
そしてまずは、言葉として理解する。

 

ぼんやりしているものの輪郭を濃くしていく。

 

そのようにして、おしゃれを少しでも捉えどころのあるものに変換する。

 

野暮なことをしているのかもしれません。でも完全に・・ではなく、ある程度まで言語化することは新しい感性の扉をも開く可能性があると信じています。

感性は膨大なインプットによって発芽していきますから。

 

 

 

 

人間は言葉で思考する

 

人間は言葉で物事を考えます。

「そんなの当たり前だろ!」と思うかもしれません。

 

でも、本当に理解できてますか?
きちんと意味が分かりますか?

 

 

「人間は言葉で思考する」

 

私もこの言葉に初めて触れたとき、深く考えることなく「まあそうだろうな」と分かった気になっていました。本当に表面的な部分をなぞっているにすぎなかったんです。

 

そんな私がどうして「人間は言葉で思考する」というフレーズを重く受け止めるようになったのか。

 

それは、言語の違いはそのまま思考力に直結するということを知ったときでした。話す言葉の違いは考え方に影響を与えるということです。

 

言語が違えば言葉の表現の仕方も変わります。
英語と日本語を比べれば、日本語のその表現の多様さはハンパないです。

 

その表現の多様さは、直接的な物言いを避ける日本の風土が反映されているからというのもあるでしょう。
直接的に言わないからこそ、微妙なニュアンスを表現するために色々な言い回しがあります。

 

そんな日本の風土に毒された私は、遠回しに言う極みみたいなもので、はっきりモノ申さないこと雲の如し。
優柔不断さで右に出る者はいません。

ストレートに表現することを極端に避けてきたフシがあります。
(さすがにもう少し改善しようと思ってるんですけどね・・・。笑)

 

日本人は曖昧な表現をしがちです。
そういう風土だから仕方ないことではあるんですけど、弊害も生まれます。

 

なぜなら、

 

言葉に出来ないことは考えることが出来ない

 

からですね。

 

 

輪郭がはっきりしないような曖昧な言葉では、しっかり考えることが出来ないんです。言葉がそこにとどまっていないから。木が地中深くに根を張ってその身を固定するように、言葉が固定されていないんです。根無し草状態。あっちへフラフラこっちへフラフラ。

 

曖昧なままでは意味を確定することが出来ないから、揺れ動いてしまうんですよ。

 

よって考えることが出来ない。
考えようとしても、そもそもこの言葉の意味は何だ??と先に進めないんです。

 

だから、言葉でしっかり定義づける。
意味をはっきりさせておくというのは、大切です。

 

 

例えば、非常に使い方が柔軟なワード、「ヤバい」があります。

 

状況が差し迫っていてピンチな時も「ヤバい」
想像以上に料理がおいしい時も「ヤバい」
話がおかしくて面白い時も「ヤバい」

 

みたいに全部「ヤバい」で済ませてしまうとヤバいです。
もう「ヤバい」でしか自分の感情を表せなくなってしまい、なんとなーくでしか相手に伝わらなくなってしまいます。相手だけじゃなくて、自分の心がどういう状態なのかすら分からなくなってしまうのです。

 

結構前に、フリーアナウンサーの、あの誰だっけ?
「ジャストミーーーート!」の人。

 

ああ、出てこない。

 

あ!福澤明さん。

 

そうそう。
結構前にって言っても、もう何年も前、もうテレビ番組も忘れてしまったんだけど、福澤さんが「アナウンサーだったら色々な言葉の表現を身につけられるように『ヤバい』を使うのは辞めなさい。」みたいなこと言ってて。(うろ覚えなんで間違ってたらごめんなさい。)

 

やっぱり言葉っていうのは大事なんだなぁと改めて思いましたね。

 

あなたが今使っている言葉でしかあなたの脳みそは考えることが出来ないんです。

 

だから、言葉で全く表現できないものは1ミリも考えることが出来ません

ファッション初心者が雑誌を読んでも、理解出来ない・役に立たないと感じるのはここにあります。雑誌やネットが言う感覚的な言葉を、違う言葉で置き換える術があなたの頭の中に入っていないからです。

 

今とても大事なことを言いました。

 

あなたはただ知らないだけ。
言葉を置き換え、しっかりとあなたが理解できる形に直して再インストールすればいいのです。

 

そうやって言葉の輪郭がはっきりしたとき、あなたの脳みそは高性能なパソコンに買い替えたかの如く、サクサクスムーズに動くことを実感するでしょう。

曖昧な理解のままで脳を作動させようと思っても、それは旧世代の死ぬほど重いパソコンです。やっと作動したかと思ったらフリーズし一向に処理が進みません。

 

どのような形にして言葉をインプットしていくのかで、あなたの脳は最新のパソコンになるか、何世代も前の時代に取り残された旧世代のパソコンになるかが決まるのです。

 

 

 

 

 

もちろん言語化できない領域もある

 

言葉、それも定義づけるようなはっきりした言葉をインプットすることが大事だよってことをお伝えしてきました。曖昧さを無くすことで、脳が論理的に考えられるようになるからですね。

 

だから、ファッションにおいて不透明な領域を出来るだけクリアにしていくことはめっちゃ有効なんですね。

 

でも、今「出来るだけ」って書いたように全部が全部言語化できるわけではないんです。ある程度は出来ます。が、全てではありません。

 

そもそも言語化されたものをそのまま実行すればうまくいくかと言ったらそうではありません。これはスポーツやセールス、その他技能でもそうでしょう。いくら優れたノウハウでも、魔法のように一瞬にしても出来るようになるわけではありません。

 

ノウハウはドラえもんの秘密道具では無いのです。

 

言うなれば、説明書のようなものです。

 

あなたが言葉で理解し、得たものを、今度は実践し血肉化していかなければなりません。
自分の血と肉と言えるほど自分にとって当たり前にするんです。

 

今まで培ってきた経験や知識。
そこから育まれたあなたの感覚。

そういったものをすり合わせながら、新しい知識をあなたの一部としていかなければならないのです。

 

なぜなら、人によって知識や経験は違い、感覚は異なるからです。同じ日本人ならば共通点も比較的多いでしょうが、全く同じということはあり得ません。少しでも感覚が違えば、それはもはや大きな違いです。

 

言葉には限界があり、めちゃめちゃ微細なところまでは表現できないのです。

 

だから職人は、何十年もの研鑽を経て、その唯一無二の技術を習得するのです。自分の体に何百回・何千回・何万回と繰り返し繰り返し叩き込んでいくのです。そのプロセスを通して身についた結果は言葉で表現しきることは不可能なのです。

 

ロボットと比較するとさらに分かりやすいかもしれません。

 

ロボットはコンピュータ言語をプログラミングすることで作動します。要は「こういうふうに動け!」って言葉をインストールしてその言葉通りに動くのがロボットです。だから、突き詰めてしまえば言葉で表現できるところまでしか動かすことが出来ません。

 

ある程度は細かい動作をプログラミングすることは出来ても、職人レベルの緻密さは表現できないのです。そこには言葉の壁があるからですね。限界があるからです。

 

だから言葉と言葉の間に横たわる無言の空間は、あなた自身で読み取らなくてはいけないということです。

 

言語化できない領域は確かにあるから、そこはあなた自身で補う必要が出てきます。
これはスポーツをしようとも、会話術を身につけようとも同じことです。

 

ただ、ファッションはそういうスポーツや職人のような技能系に比べて、時間はかからないと考えています。

身体感覚が必要なものでもなく、素早い判断が求められるわけでもありませんから。

 

結局は着こなしというアウトプットで成否が決定します。
つまり組み合わせです。

 

その組み合わせる感覚さえ習得してしまえば、上位1パーセントには食い込んでいけます。

 

だから、「感覚」というものにネガティブな感情を抱かなくても大丈夫です。
センスはおしゃれを言語化した後についてきます。

 

知識をたくさん吸収していたら、いつの間にか言語化できない領域は埋まっています。

 

そのときにはあなたには外見的な魅力とセンスと思考力が身についているはずです。

 

そんなプロセスでおしゃれをしようと考えている人なんていませんから。
みんなただおしゃれになりたいと思って表面的な知識をインプットしているに過ぎませんから。